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殺される運命だから生かされる牛

去年の秋口より北海道・東北の牧場にお邪魔させていただく機会を得ている。
私は、都会育ちというわけではないが一昔前の典型的なサラリーマン家庭に
育っており、家畜の飼育現場に直に足を踏み入れる機会は乏しかった。

私がお邪魔した牧場はすべて自然の飼育環境にこだわる自然放牧型の牧場ばかりだ。
中でも山地酪農で有名な中洞正氏の岩手県岩泉町の牧場では一面ノシバの広大の山の中、
健やかに過ごす牛たちの姿に感動させられた。

乳牛は思いのほか懐っこい。とくにジャージ種は瞳が大きく穏やかな性格で
見学中の私達の後ろをトコトコとついてくる様はまるで大きな犬のようだ。
ちなみに牛は動物学的にはシカと同様に偶蹄目に分類される。
ジャージの仔牛はバンビその物で
初めて見た人はそれが牛だと気づかないのではないだろうか。

別の環境牧場での話だが、見学者何者かわからずジャージの仔牛に近づいたところ
見た目に似あわぬ立派な声でとつぜん「も〜」と鳴かれ、
仰天している姿を目撃したことがある。

このような、ほのぼのとした風景は私達がイメージする牧場その物である。
しかしながら、一般的な近代酪農では育成期を過ぎた乳牛は狭い牛舎に詰め込まれ、
青い空を見る事もなく、ひたすら妊娠と搾乳を繰り返す事になる。
そして乳量が減り始めると、まだ若い生命を絶たれ食肉に回されていく。
しかもその乳牛達は人間の必要により人工受精により生命を得ている。

殺される運命が決まっているから生かされていて
殺される運命がなければ、この世に生まれでる事もできない。

最近は、食事の度に自然と両手を合わせるようになった。
命に感謝しなければならないと考えている。

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Posted by Soul&Body | comments(2) trackbacks(0)

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comments
私は食べない。
基本自分で殺せない人は食べるべきではない。
わく | 2010/06/23 05:43
人類は残酷だと思います。肉がうまくて利用価値があるというだけで、
動物の運命をコントロールすることを正当化してしまうのですから。
私は最近映像を見てやっと屠殺の残酷さに気づき、
なるべく肉を食べないようにしようかと思っています。
映像は普通よりもひどいものだったという可能性はありますが、
意志の通い合える目をした動物を有無を言わさず殺していくことに
ショックを覚えました。経済原理の元には慈悲の心などないのです。
もし人間が欲のために不必要に肉を食べているなら、
それはいかに非人間的で冷酷な行為かを思い知りました。
こうした考え方をもってしまうと、周りの人にも気を遣わせて
不快な思いをさせてしまうこともあるでしょう。
しかし、私にとってはそれで留まるレベルではありませんでした。
いつか誰も肉を食べずに済む日が来ればいいのですが。
nimo | 2010/12/24 18:20









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