私たちは、オリンピックに対して二つの見方を持つのではないだろうか。
一つは、平和の祭典としてのオリンピック。
一つは、スポーツショーとしてのオリンピック。
概して物事には“建前”と“本音”がある。
さて、オリンピックでは莫大な金銭が動く。
1998年に開催された長野オリンピックの場合で新幹線整備等
インフラ整備までを含めた投資額は約1兆3千億円に昇る。
今回のバンクーバーオリンピックでも、当初予算の10倍の費用が
投じられたという話を耳にする。
ちなみに過去最大の開催費用を投じたのは
北京オリンピックで総額で4兆円以上だそうだ。
これだけのお金が動く裏にはそれに見合う
収益を見込む事ができるからだ。
オリンピックは平和の祭典としての表の顔と
世界最大規模の商業スポーツイベントとしての現実の顔を持つ。
現在のオリンピックではアマチュアリズムの原則がなくなり、
多くの種目でプロスポーツ選手が活躍しスポーツショーとの差は曖昧だ。
実際、服装問題で世間を騒がせた国母選手も
11歳からプロとして活躍するプロボーダ−だそうだ。
ショービジネスとしてオリンピックを捉えるならば
プロボーダー国母選手は大会への注目を高める
重要な役割を果たしたと言える。
激しいパッシングの中、わが道を進み決勝では果敢に大技に挑戦した。
そして、いままでにないほど今大会でのスノーボードへの関心は高まった。
しかしながら、私たちはオリンピックを平和の祭典として捉えようとする。
選手は、商業的ではなく平和の特使として存在すべきという“建前”を期待する。
ところで、ヒールとして注目を集めた国母選手だが
選手の友人にインタビューを行うと10人中10人が
「友達思いでいい奴だ」と評価するそうだ。
物事は多面的で、私たちも国母選手も極端過ぎるのかもしれない。